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MagicKirby

Author:MagicKirby
北米在住甘党翻訳家。漫画とかゲームとかアニメとかネットとかが生活の糧。サボり癖有。かなり飽きっぽい。

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欠けているもの
今日の日記はある程度長いです。しかも愚痴というかなんというか。
明日から授業始まるので、その準備とかしてる中、母に言われた言葉。

私がいかに明日のための課題を必要最低限の労力でごまかしつつとれるだけの点数をとるかということを、過去の功績(高校時代の課題ごまかし)を交えながら話していると、ふと母が言いました。

「アンタ、『自分は人として何か欠けているのだろうか?』と考えたことは?」

即答で「あるよ」と答えました。
前々からそれはぼんやりと思っている事柄だったからです。


私はなんというか、コミュニケーション能力がないというのでしょうか、幼いころからずっと友達がなかなかできないタイプの人間でして(今でもそうなんですが)、友達ができないのは私がどこかしら「足りない」人間だからかなぁ、と考えていたことがあります。ていうか、今も考えてます。
足りないもの。何かの感情だったような気がするんですが、なんだろう。

一昨年のことだったか、この日記にも書いた記憶があるのですが、親しかった先生が事故で無くなりました。葬式にも行きました。私と同じぐらい先生と親しかった生徒が泣いていました。私も泣くかと思いましたが、涙は出てきませんでした。
特になんの感傷もなく、ああ死んだのかぐらいにしか思えなくて。
特に悲しいとは感じなかったんです。自分がえらく非情な人間に思えてきて、亡くなったのがショックで何も感じないのだと信じました。が、その後どれだけ経っても、悲しさとか懐かしさとかは湧き上がってこないし、ずっといつもどおりの自分でした。
悲しいと感じるべきだということは「理解」しました。だから、日記でも悲しいという文を書いたような気がしますし、追悼し、別れを惜しむ感情を見せたような気がします。しかしそれは無理やり感情を作り出しているだけで、あくまでうわべだけ。実際は、私の心は特に揺らいでいなかったです。どうしてだろう。

去年、高校を卒業しました。五年近く通っていたんですし、それなりに親しい友人もできます。(でもやっぱり「友達」とまでは行かないのがなんだかなぁ……)
卒業して別れて、もしかしたら二度と会えなくなるかもしれないのかもしれないのだから悲しむべきだろう、と理解はできても、ほんっとに何も感じなくて、ぼんやりと「卒業式ずっと座ってるのめんどくせえ、早く終わって帰りたいな」とすら考えているわけですよ、私は。卒業式の会場を後にした時も、別れる友人のことなんてほとんど惜しく思ってなかったわけで。
そもそも、その友人とも、あくまで学校で話したりするだけで、一度も休日にお出かけ~とかそういう高校生らしい生活はしなかったような気がします。これはちょっと以前話したことがあるトラウマも関係しているのかもしれませんが。


「去る者は追わず、来る者は拒まず」と言えば聞こえはいいですが、ようはまともに他者を見ていないだけなんですね。誰が何をしていようと、まったくかまわない。
母は私のことを、「他人に興味がなさすぎる」と言います。
私もその通りだと思います。

興味がないから、相手が誰でもそれなりには仲良くなれる。
興味がないから、相手が離れていってもまったく気にならない。

自分でもこの熱の無さはどうにかしたいとは思うんですが(だってこんなんじゃ生きていくのに苦労するだろ……どう見ても……)、なかなか思うようにいかない……
母は「アンタは自分から友達を作らなきゃダメよ!友達は勝手にできないんだからね、自分で努力して手に入れるものなの!向こうから来るのを待ってたらいつまでたっても(以下略)」と言います。

それが簡単にできたら苦労しないんだ。
何か足りないんでしょうか、私。その何かが無いから、あまり他人に興味がわかなくて、友達というものもなかなかできないんでしょうか。どうやったら、欠けた部分を埋められるのだろう。

あーもう、思考が無限ループになってきたので強制終了。

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考え事 | 【2008-01-06(Sun) 21:05:14】 | Trackback(-) | Comments:(2)
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